
子どもから大人まで誰もが知る赤い張り子の縁起達磨。中でも高崎市は日本を代表する産地として知られています。その原点とされる少林山達磨寺所蔵の「達磨大師座禅像」を忠実に再現した本作品は、達磨寺によるありがたい開眼供養の御祈祷を賜った公認の木彫複製像です。
像には少林山達磨寺の御住職廣瀬正史師による御祈祷の証が揮毫されております。禅宗の祖師であり、七転び八起の不屈の精神を持つ達磨大師の御姿を模した尊像は貴家の守護仏としても最適。
所願成就、厄除開運、疫病退散、方位除け、家内安全、商売繁昌、社運隆盛、無病息災、交通安全、受験合格、良縁成就、就職成就など、あなた様及びご家族の皆様の願いを込めてお祀りください。
少林山達磨寺御住職廣瀬正史師によって一体一体開眼供養

張り子の縁起だるまをお買い求めになり、ご自身で片方の目(左目)に⿊目を書き⼊れた経験のある方もいらっしゃることと思います。この行為を開眼といいますが、縁起達磨は別名では「願掛け達磨」といわれ、そのことから願いが叶うと満願成就となり、もう片方の目を書き⼊れる半開眼というやり方が一般的です。
縁起達磨も仏像の一つとなりますので、本来であれば由緒ある寺院にて開眼供養の御祈祷を賜り片目を書き⼊れて頂くことがより望ましいとされます。
ご紹介の『達磨大師坐禅像』は、高崎の縁起達磨発祥の地である少林山達磨寺にて開眼供養を賜っています。これにより像の心眼が開き、⼊魂されるのです。像の底面には御住職自ら揮毫された証が記されています。

ご家族の皆様の守護開運、所願成就の思いを込めてお祀りすることをおすすめいたします。
縁起だるまの原点。黄檗宗少林山達磨寺所蔵「達磨大師坐禅像」

高崎市は、縁起達磨の生産量で全国の80%を占める日本一の達磨の産地です。その縁起達磨の発祥の地として有名な⻩檗宗少林山達磨寺(群馬県高崎市)には、寺宝とも呼ぶべき一了居士所縁の「達磨大師坐禅像(明治14年に焼失し、現在は二代目)」が祀られています。
その御姿を目の当たりにすれば、一刻みごとに三度礼拝しながら彫り進める一刀三礼(いっとうさんらい)の技法で完成された仏像だけが持ちうる威厳と温かさが感じ取れることと思います。
「達磨大師坐禅像」は、その完成が後に「縁起達磨」誕生のきっかけへと繋がる歴史的価値を秘めた逸品でもあります。
少林山達磨寺と縁起だるまの歴史

日本一の達磨の産地である群馬県高崎市には、縁起達磨発祥の地として全国にその名を知られる⻩檗宗少林山達磨寺があります。
元禄10年(1696)、厩橋城(前橋城)主の酒井公が⽔⼾光圀公に願い、中国僧心越禅師を迎え禅の道場として開山したのがその始まりです。そもそもの起こりは延宝年間(1673-1680)の頃、大洪⽔で流れて来た⿊光りする大きな古木を村人が引き上げ観音堂に奉納。その数年後に夢のお告げにより訪ねてきたという一了居士がこの霊木に涙し、五体投地の拝礼を三度行う一刀三礼という最高の彫り方で、達磨大師の坐禅像を彫り上げ、御堂に安置したことによると伝わります。
天明2年(1782)〜8年(1788)にかけて天明の大飢饉が発生すると、九代目住職の東嶽和尚は農⺠を救済するために、心越禅師の描いた一筆書きの達磨図をもとにして木型を彫り、張り子の達磨の作り方を教え、七草大祭で売らせました。だるま作りは空っ風の吹くこの地の農家の副業になり、また眉毛が鶴、⼝ひげが⻲に描かれ縁起が良いと評判となり広まっていきました。